潰瘍性大腸炎を発症した日のこと。治療編①

発症編

 

― 高校1年生、人生が大きく変わった出来事 ―

私が潰瘍性大腸炎を発症したのは、高校1年生のときでした。

今から振り返ると、もう約20年も前の話になります。

当時の私は、スポーツ推薦で高校に入学し、サッカーに打ち込む毎日を送っていました。

これから一生懸命頑張って、全国大会を目指したい。

そんな希望と期待に満ちた高校生活の始まりでした。

最初に感じていた違和感

高校に入学してしばらくした頃から、

身体の倦怠感や、慢性的な軽度の腹痛、下痢が続くようになりました。

ただ、その症状は数か月にわたって続いていたものの、

「環境が変わったストレスだろう」

「部活がきついから仕方ない」

そう思いながら、特に深く気にすることなく学生生活を続けていました。

「これはおかしい」と思った瞬間

ある日のことです。

今までに経験したことのない、急激な腹痛に襲われました。

切迫するような感覚でトイレに駆け込むと、

便器の中は真っ赤に染まり、大量の下血がありました。

その光景を見た瞬間、

「これはさすがにおかしい」

そう感じ、初めて親に相談しました。

病院で告げられた言葉

すぐに近くの病院を受診しましたが、

初診で診てくれた医師からは、はっきりとした診断名は告げられませんでした。

代わりに言われたのは、

「もしかしたら、大腸がんの可能性もあります」という言葉でした。

その瞬間、頭の中が真っ白になりました。

「自分の人生は、ここまでなのかもしれない」

そう思い、診察室で泣いてしまったことを今でも強く覚えています。

検査までの長い一週間

その日は紹介状を書いてもらい、

大きな病院で内視鏡検査を受けることになりました。

検査は1週間後。

ですが、その1週間の記憶は、正直ほとんど残っていません。

不安と恐怖の中で、

ただ時間が過ぎるのを待っていたように思います。

診断を告げられた日

内視鏡検査当日。

初めての検査に緊張しながら、

「もし、がんだったらどうしよう」

そんな思いが頭の中を巡っていました。

検査後、医師から告げられた診断名は

潰瘍性大腸炎でした。

正直、そのときは

「潰瘍性大腸炎? 何の病気だろう」

というのが率直な気持ちでした。

 


診断後に押し寄せた不安

医師からは、

潰瘍性大腸炎は原因不明の指定難病であること、

治療法はあるものの、基本的には完治しない病気であること、

上手く付き合っていく必要があることを説明されました。

その話を聞きながら、

普通に生活ができるのか。

大好きなサッカーは続けられるのか。

将来、自分はどうなってしまうのか。

不安な気持ちで胸がいっぱいでした。

まとめ|ここから始まった長い付き合い

その後、治療が始まりましたが、

私の場合は決して順調とは言えませんでした。

潰瘍性大腸炎には重症度があり、

内服薬だけで寛解を維持できる方もいるそうです。

しかし、私は難治性で、さまざまな治療を経験することになりました。

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この治療については、別の記事で詳しく書こうと思っています。

ただ、この病気と向き合う中での経験は、

私の考え方や人生に、大きな影響を与えてきたと感じています。

言語聴覚士として医療の現場に立つ今、

当時の自分を振り返ることがあります。

医療の知識があっても、

いざ自分が「患者」になると、不安や恐怖は知識では埋まらない

ということを、身をもって知りました。

だからこそ今は、

治療だけでなく、患者さんが抱える気持ちや生活の不安にも、

目を向けられる医療者でありたいと思っています。

この記事では、潰瘍性大腸炎を発症した当時のことを書きました。

その後の生活や仕事、家族との関わりについては、
以下の記事で詳しくまとめています。

・潰瘍性大腸炎になってからの日常生活①〜当事者のリアルな体験談〜
・調子が悪い日のリアル
・潰瘍性大腸炎でも仕事を続けるために
・潰瘍性大腸炎と暮らす日々/支える妻の立場

発症編
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